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ダンマパダ

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友松園諦:訳「法句経」講談社

もう、ずいぶん前に買った本。
中学の時だったか、原点にこそ価値がある
と云う考えに取り憑かれて、できるだけ原点と接しようと思った時期があった。
ポポルブフの翻訳本を読んでみたり、
旧約聖書を読んでみたり、
そして仏教ではブッダの言葉を一番最初に編纂したと言われる、
法句経
を買ったのだった。

最近、縁あってまたこの本を手に取った。
前回読んだのが買った時読んだ時だったが
内容のほとんどが難解すぎて1/3しか読めていなかった。
(例によって自作の読書カードが1/3の所に挟まったままだった)

大経、観経、いろんなお経があるけど、法句経が一番好き
と、思った時期もあったのに。そして書籍としての「法句経」は
自宅の本棚に、目の前にずーっとあったのに。
ちらちらと背表紙に目をやることもあったのに、
ずーっと手に取らずにいたのだったけど。

この日、ぼくは黄ばんだ古い法句経を手に取り
読み始めて、たった1日で半分も読み進め
背伸びして買ったけど理解できなかったあの頃よりも
いろんな経験をしていろんな人を見てきて
ようやく今になって、法句経の中身を理解できる自分に気づいた。

「他人の邪を観る無かれ
他人のこれをなし、
かれの何をなさざるかを
観る無かれ
ただ己の何をなし 何をなさざりしを想うべし」

「無益の句よりなる、その言葉
たとえその数 千ありとも
それを聞き 心のやすけきを得る意味深き一句こそ
はるかにも勝る」

「旅に行きて
自己に勝り
はた
自己に等しき人に
逢うことなくば
むしろ独り行くことに心を固めよ
愚かなるものを 友とすべきにあらず」

う〜ん。アドラーだなぁ。。ブッダの言葉ってアドラーに通じるものがある。
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by galleryF | 2017-01-28 20:28 | 読書感想 | Comments(0)

らせんゆむ「私はかんもくガール」合同出版

最近偶然「緘黙」という言葉を知った。
ネットで調べてみると、「場面かんもく」家では話せるのに、特定の場所(学校とか)では話せない症状
ということがわかった。

かんもくについての本はなかなかないが、
昨日本屋でこの本を見つけ、イラストエッセイで読みやすそうなので買ってきた。

読んでいると、痛くて痛くてなかなか読み進めることができない。
なぜ僕が「緘黙」に興味を惹かれたかというと、
僕は「緘黙ボーイ」じゃないかと思われたからだ。

小さい頃から親戚の伯父さんとかに「こいつは都合が悪くなるとすぐ黙る」と
憎々しげに言われたことを思い出した。
言いたいことはたくさんあったが、人生経験も言葉の数も格段に多い大人と
丁々発止で渡り合える自分じゃない上に
頭の中では言葉や言いたいことがぐるぐる湧いているのに
喉の奥に閂がかかった状態になって何も言えなくなった。

どうせ僕の言うことをこのおじさんは理解できないだろう。
理解しようともしないだろう、
聞こうともしないだろう
そう思うと余計に言葉にすることができなくなった。

そうやって、言いたいことを全て胸の中に秘めた。

僕が何か言い始めると言葉尻をとって自分に都合よく話し始める母や
僕に何も言わせず、自分のことに引き寄せて自分のことばかり話す叔母や
「この子はこういう子だから」と勝手に決め付けられて、
それは違うと思っても反論の言葉をうまくつなぎ合わせることができない上に
「言いたいことがあるなら早よ言いよし」とせっつかれてせっつかれてせっつかれて
考えがまとまらないのに話し始めたら「その話題はもう終わった。いつまで話しているんや」と
僕が何か言おうとすると言えなくしてしまう家族。

そういうことがこの著者の家庭内にもあったわけで
それがかんもくガール、かんもくボーイの原因になっていたところに共通点を感じた。

それにしても小さい頃の心の動きとか、よく覚えているものだ。
記憶は芋づる式とこの間テレビで言っていたから
覚えているのではなくて、芋づる式に思い出していろいろ書かれたのかもしれないが。

読み応えがあったが、薄いグレイで印刷された字やグリーングレイで描かれたイラストは
見づらかった。

思うのだが、かんもくとかアスペルガーとかADHDとか自閉症とか
そうじゃない人が詳細を理解する必要はないと思う。
ただ、そういうことがあると知っているだけでいいと思う。
知っていると知らないとでは対応も違ってくるだろう。

また、大学時代に読んだ本の中に
紀野一義さんだったと記憶しているけど、
「辛いことや悲しいことはいちいち言葉に出さず、自分の胸に秘めておくこと。
そうしておくといつか辛さや悲しみが一つの珠となって輝きながら現れるから」
という趣旨のことが書かれてあって、すごく感動した。

その言葉を糧に言いたいことを胸に秘めてうん年生きてきたけど、
なかなか輝く珠はあらわれない(自虐)。
ひょっとしたら、写真やこのブログやサイトが僕の珠なのかもしれない。
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by galleryF | 2016-08-07 07:01 | 読書感想 | Comments(0)

山本智子「発達障害がある人のナラティヴを聴く」ミネルヴァ書房

大変、面白かった。
発達障害についての本はかなり読んできたつもりだが、
まだ新しいアプローチがあるとは驚きだ。

当事者、家族、支援者、研究者

著者の山本氏は臨床発達心理士として200名を超える発達障害者へのインタビュー
支援者へのインタビューを通してこの本を書き上げた。
始めた頃は小さかったお子さんが成人して参考図書を教えてくれるまでになった
と、あとがきに書いてあった。

それくらい長きにわたって、真摯に発達障害当事者の「言いたいこと」を聞き続けたことに
敬意の念を覚える。

発達障害に関わりなくとも
崩れた人間関係で職場内がギクシャクしている
偏った関わりでハラスメントが止まないとお悩みの方たちにも読んでいただきたい一冊。
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by galleryF | 2016-06-18 19:08 | 読書感想 | Comments(0)

「ぬけまいる」読了

朝井まかて「ぬけまいる」講談社文庫

ぬけまいるというのは抜け参り。
家業も仕事も家庭もほっぽって伊勢参りすることだそうだ。
お金がなくとも、柄杓一つ持てば沿道の人たちが
その柄杓に路銀を入れ、最低限の宿も保障されるという。
初めて知った。

さて、朝井まかての今まで読んだ本の中では
ユーモア小説の部類だそうだが
あんまり面白くなかった。
猪鹿蝶の三人娘のドタバタ行脚と花札勝負が出てくる。
花札はマイナーなゲームなので、知っている人の方が少ないのではないだろうか。
読んでても、さっぱり分からないので、やっぱり面白くない。
途中で出てくる正義の味方っぽい兄さんも、途中で正体が見えてしまう。
後々まで正体不明にしたかったのだろうが、そこは男の方が先にわかる。

朝井まかてを読むなら
「花くらべ」の方がぼくは面白かった。
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by galleryF | 2016-06-18 07:24 | 読書感想 | Comments(0)

あしょんでよッ

昨日買ってきたコミック「あしょんでよッ」がめちゃくちゃ可愛い。
愛犬コーギーとのほのぼの日常を描いたものだが、
絵がうまい。
ワンコの、ご主人に対するキラキラが余すところなく描かれている。
むっちゃ可愛い。
表紙が、コーギーのお尻で、
「いやいやいや、これ、あかんやろ」
とつぶやきながら手に取り、
「あいやいやいやい、これ、あかんやつや」
とつぶやきながら買ってしまった。
二巻も出とる。

作者名らくだなのに、自画像ブタの鼻って。。

らくだ 「あしょんでよッ  ーうちの犬ログー」MFCジーンピクシブシリーズ KADOKAWA メディアファクトリー

ぼくのワンコフォルダが火を噴くぜ
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by galleryF | 2016-06-11 07:55 | 読書感想 | Comments(0)

食べ物系推理小説 三冊

友井羊「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」宝島社
友井羊「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん 今日を迎えるためのポタージュ」宝島社

「真夜中のパン屋」と人物設定が似ていると思った。
しかしあちらがずーっと暗い内容なのに比べ、こちら二冊は基本爽やかに明るいのがいい。
それでも推理小説には暗い設定は必要なのだろうか、
ちらちらと暗い影が描写される。

2巻目の最後の章「レンチェの秘密」はやや後味が悪い部分があった。
スープ屋しずくの小学生の娘、露が小学生にしてはませすぎているのと
言葉遣いが不自然すぎるのが喉にひっかっかった骨のように気になる。
1巻目では何か人の心を見通す不思議な力を持っている設定で登場した。
2巻目もそのような話もあるが、最終話ではその力は封印されて
言うことを聞かない駄々っ子のような、それにしてはやり方が悪どいいたずらをする。
あるいはITの時代に生きている現実の小学生もこのようなことを簡単にできるのかもしれないが。

碧野圭「菜の花食堂のささやかな事件簿」だいわ文庫

かわいい表紙イラスト(イラストレーター:杉田比呂美)に惹かれて買った。
切った、張った、殺した、騙したという内容が嫌いなので
こういうほのぼの系推理小説は罪が無くて最近よく読んでいる。
主人公が菜の花食堂で働く経緯がやや強引な気もする。
こういう裏設定はあまりにも不自然なので別に要らない気もする。
買って、作者の説明を読んで初めて知ったのだが
碧野圭はテレビドラマ化された「書店ガール」の作者だそうだ。
あのテレビドラマは1話だけ見てあまりにつまらなかったから2話以降は見なかったが
その情報を最初に知っていればこの本は買わなかったかもしれない。

各章のタイトルがかわいくて、
「ケーキに罪はない」
とか、心の中で『そりゃそうだ』と突っ込みながら読んだ。

突っ込みといえば、
「はちみつはささやく」の章最初の3行目に
(引用)玉ねぎとオリーブオイルが反応し(引用終わり)という記述があり
思わず鉛筆で線を引き
玉ねぎの水分と、熱せられたオイルが反応した
と横に書いてしまった(⌒-⌒; )
それ以外は概ね面白く、個人的には「書店ガール」より面白いと思った。

登場人物の描写が細かすぎて却って分からなくなった。
何度も読めばそのうち登場人物の人となりも覚えるのかもしれないが
内容にそれほど絡まない人も描写が詳しいので
読んでて疲れる。そこらへんはあっさりスルーがいいと思う。
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by galleryF | 2016-05-24 23:02 | 読書感想 | Comments(0)

「ことり」読了

小川洋子「ことり」朝日文庫

以下読書中の感想メモ
なかなかおもしろい。
独自の言語を発明、それしか喋らない兄と、誰もわからない兄の言葉を唯一理解する弟の物語。
不思議な行間に満ち溢れていて、数行読んでは本を閉じ余韻に浸る。
さざ波が海へと還っていくように、消えた余韻を追うようにして
また本を開け、数行読む。これはすぐに読み終われないぞ、と。
これからどんなエピソードが語られるのかわからないが、それらは必要なのだろうか。
長い、長すぎる小説だ。

p.62 旅行しなかった。⇨旅先では=矛盾あり混乱した。
p.142 架空旅行⇨ようやく答えがわかる。

タイトルの「ことり」は小鳥のことかと思っていたが、どうやら違うような気がする。
ことりと生き、ことりと死に、ことりと歩いてきた小父さんの
茫洋たる無慈悲な世界へのささやかな爪痕、小さな一歩、のような気がする。
やるせなし。

以下読後の感想
「ことり」というタイトルについて、なぜ「小鳥」ではなく「ことり」なのか
ネタバレするので書けない。

どうでもいいようなエピソードが連なり、細かな心のヒダまで丁寧に描かれている。
これが小説なのだと思う。
面白いとか面白くないとかそういう感想が当てはまらない作品。
別に読まなくとも世界は変わらない。
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by galleryF | 2016-04-11 21:14 | 読書感想 | Comments(0)

「離れ折紙」読了

黒川博行「離れ折紙」文春文庫

なかなか、面白かった。
裏表紙には美術ミステリと書いてあるが、
ミステリというよりは人間の欲望を描いた小説という感じ。

ミステリと言えるほど謎解きが楽しめるわけではなく
何度も読みたい内容でもない。
ストーリー展開がわかれば、また読みたいと思えるほど
文章が上手いわけでもない。

ただ、登場人物が多く誰が誰とどういう関係なのか途中でわからなくなるので、
いつ、どの時点で、騙されたのか
ということを確認するためだけにもう一度ぐらいは読み返したい気もする。
また読まなくてもいいような気もする。
その程度の小説。

でも続編が出れば、買うかもしれない。
骨董や古美術の裏のことがよく描かれていてその点は面白い。
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by galleryF | 2016-03-16 23:23 | 読書感想 | Comments(0)

「恋する狐」読了

折口真喜子「恋する狐」光文社

与謝蕪村が主人公の不思議絵巻「踊る猫」の続編である。
必ずしも蕪村が関わりのある話ばかりではなく
そういう点が少し新しい。
怪異を前面に出した前作とは少し異なり、
怪異というよりは可愛い不思議話が多い感じになった。

なんだか切ない「虫鬼灯」
母、嫁、娘の会話が楽しい「燕のすみか」
その鳴りを聞いてみたい気がする「鈴虫」
雅な化かし狐「恋する狐」
が面白かった。
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by galleryF | 2016-03-04 20:46 | 読書感想 | Comments(0)

「写真との対話」読了

森山大道「写真との対話」青弓社

写真とはアマチュアリズムである
(引用)
まず第一に、写真は根底的にアマチュアリズムであるということを確認せねばならない。この場合アマチュア写真というのは、地域別に結社的な組織を持ち、写真を作品と考え、いま日本のカメラ雑誌等を支えている多くの人々の撮る写真を指すのではなくて、各家庭の、学校の、職場の、アルバム帳にびっしりと張り込まれているだろう写真のことを指している。これらの写真群、すなわち記憶のための、記念のための写真、いいかえればアマチュアリズムこそ、ドキュメントであると僕は思っているのだ。そしてそれらの写真には当然のことながら何が写っているのかだけが問題なのであり、撮った人間はさして重要ではない。いわゆる詠み人知らずというやつである。
(引用終わり)

しびれるよな〜、この断定。
ぼくは写真が好きである以前に読書が好きなので、文章がうまい写真家を好きになるという順序がある。
文章を好きになってからその人を好きになる。
だから、その人が撮る写真がどんな写真なのか知らないまま、先にその人の文章からその人を好き
という順番もあり得る。と、いうわけで、ぼくは森山大道さんが好きなんだけど、彼の代表作が何で
常にどんな風に写真を撮っているのか、まだ知らない。これから徐々に、彼の写真というライフスタイルを
ぼくの中に浸透させていく機会が広がっていると思うだけでワクワクする。

この本は一昨年の古本市で買ったもので、ようやく読み終えることができた。
大して好きではない写真家の写真論はさっさと読み終えることができるのだが、
森山大道さんの写真論はあっという間に読みたくなかったので、じっくり時間をかけた。

なんでもないドブの蓋を撮っている時の、森山大道1と森山大道2との脳内対話も面白い。
この本の中に生きた人間として出てくる数々の有名人。
若き森山大道さんと生身の付き合いをしてきた人たち、
ぼくは彼らがどんな写真を撮り、どんな時代を生きてきたかも知らない。

今の恵まれたカメラ時代をただ楽しみのために撮り、表現の苦しみも経験せず、
写真の過去と未来について悩みもせず、単に気が向いたものにカメラを向けているだけの
「写真を撮っている時が幸せ」な、ぼくは一人の人間にすぎない。

まだまだ、知りたいことが前途に広がり、知りたい人が大勢ぼくがたどり着くのを待っている。
おらワクワクすっぞ。
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by galleryF | 2016-02-15 20:49 | 読書感想 | Comments(0)

京都ぽたぽた歩き
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