父の絵の具

b0219623_21442022.jpg

父は職業的画家だった。
母はぼくにも絵描きの道へ歩ませたがっていた。
よく父に絵を描く技術を教えてやってほしいと言っていたっけ。
けれど父は、ぼくが絵そのものにあんまり興味がない
ってことを見抜いていたんじゃないかな、技術を教えるということは
結局しなかった。

小学生の頃は、周りから理不尽な期待をかけられて苦痛だった。
絵描きの息子は絵が上手くて当然という
暗黙の了解?暗黙のジョーシキ?があった。
父が描いていたのは主に抽象画だったが
小学校の先生も級友も、父の絵など見たことがないくせに
絵描きの息子の絵もさぞやうまいんだろう
という、ぼくを全く無視した固定観念に染まっていたな。

母がぼくを絵描きにしたかったというのは、
おそらく、父の人脈を利用できれば、ぼくの将来はそこそこ安定するだろう
というそういう目論見があったのじゃないかしら。
父は全国的規模の芸術家団体のちょっとした偉いさんでもあったので
小さい頃は父の顔を覚えられないほど家を留守にしていた。

ぼくとはいえば、飽き性なので。
空を青く塗っている途中で飽きちゃうのだった。
なので、例えば右から青く塗っていて途中で飽きると緑を足し
空はだんだん緑色に。
そして緑にも飽きると赤を足し
変なグラデーションに。
グラデーションにするのも飽きると、
筆にたっぷり水を含ませて、空全体をぐるぐるなぞる。
すると青だの赤だの緑だの、紺色だの茶色だの紫だの
そういう色が全部混ざった変なドドメ色になって

最初描いていた青空は何処へやら。
そうなるともう何もかも投げ出したくなって、嫌になって
水をたっぷり含んだ画用紙はヨレヨレになるし
担任の女の先生はぼくの画用紙を見て
呆れてドン引きした挙句に
「あんたのお父さんは絵描きなのに」
とみんなの前で恥をかかす。

ああ、ぼくは絵を描くの、嫌いだったな。

とはいうものの、父はいろんな面白そうなものを持って帰ってきては
ぼくや母と一緒に作って楽しませてくれた。
手織り機、七宝焼き、エッチング、他にも色々
抽象画家だからと言ってそれだけに飽き足らず
だから、今でも家には父の作品がゴロゴロ残っているんだ。
木彫りのフクロウ、一輪挿し、顔の壺とか。
捨てるに捨てられない、父の遺産。
[PR]
by galleryF | 2017-08-04 22:02 | Pentax