「私はかんもくガール」読了

らせんゆむ「私はかんもくガール」合同出版

最近偶然「緘黙」という言葉を知った。
ネットで調べてみると、「場面かんもく」家では話せるのに、特定の場所(学校とか)では話せない症状
ということがわかった。

かんもくについての本はなかなかないが、
昨日本屋でこの本を見つけ、イラストエッセイで読みやすそうなので買ってきた。

読んでいると、痛くて痛くてなかなか読み進めることができない。
なぜ僕が「緘黙」に興味を惹かれたかというと、
僕は「緘黙ボーイ」じゃないかと思われたからだ。

小さい頃から親戚の伯父さんとかに「こいつは都合が悪くなるとすぐ黙る」と
憎々しげに言われたことを思い出した。
言いたいことはたくさんあったが、人生経験も言葉の数も格段に多い大人と
丁々発止で渡り合える自分じゃない上に
頭の中では言葉や言いたいことがぐるぐる湧いているのに
喉の奥に閂がかかった状態になって何も言えなくなった。

どうせ僕の言うことをこのおじさんは理解できないだろう。
理解しようともしないだろう、
聞こうともしないだろう
そう思うと余計に言葉にすることができなくなった。

そうやって、言いたいことを全て胸の中に秘めた。

僕が何か言い始めると言葉尻をとって自分に都合よく話し始める母や
僕に何も言わせず、自分のことに引き寄せて自分のことばかり話す叔母や
「この子はこういう子だから」と勝手に決め付けられて、
それは違うと思っても反論の言葉をうまくつなぎ合わせることができない上に
「言いたいことがあるなら早よ言いよし」とせっつかれてせっつかれてせっつかれて
考えがまとまらないのに話し始めたら「その話題はもう終わった。いつまで話しているんや」と
僕が何か言おうとすると言えなくしてしまう家族。

そういうことがこの著者の家庭内にもあったわけで
それがかんもくガール、かんもくボーイの原因になっていたところに共通点を感じた。

それにしても小さい頃の心の動きとか、よく覚えているものだ。
記憶は芋づる式とこの間テレビで言っていたから
覚えているのではなくて、芋づる式に思い出していろいろ書かれたのかもしれないが。

読み応えがあったが、薄いグレイで印刷された字やグリーングレイで描かれたイラストは
見づらかった。

思うのだが、かんもくとかアスペルガーとかADHDとか自閉症とか
そうじゃない人が詳細を理解する必要はないと思う。
ただ、そういうことがあると知っているだけでいいと思う。
知っていると知らないとでは対応も違ってくるだろう。

また、大学時代に読んだ本の中に
紀野一義さんだったと記憶しているけど、
「辛いことや悲しいことはいちいち言葉に出さず、自分の胸に秘めておくこと。
そうしておくといつか辛さや悲しみが一つの珠となって輝きながら現れるから」
という趣旨のことが書かれてあって、すごく感動した。

その言葉を糧に言いたいことを胸に秘めてうん年生きてきたけど、
なかなか輝く珠はあらわれない(自虐)。
ひょっとしたら、写真やこのブログやサイトが僕の珠なのかもしれない。
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by galleryF | 2016-08-07 07:01 | 読書感想 | Comments(0)